
着付け教室で着物の着方を習い始めると、
「衿はこのくらい合わせて」
「衣紋はこのくらい抜いて」
「おはしょりをきれいに整えて」
「帯はこの位置に」
と、さまざまな「きれいに着るためのポイント」を教わります。でも、ふと考えてみると不思議です。
昔の人も、私たちが習っているように着物を着ていたのでしょうか?
今では、着物というと「きちんと整えた美しい着姿」を思い浮かべる方が多いでしょう。ところが、着物がまだ日常の衣服だった時代の写真や絵を見てみると、現代の着付けとは少し違った着姿が見えてきます。それは、着物が「特別な日に着るもの」ではなく、毎日の暮らしの中で着る衣服だったから。
では、昔の人は、いったいどんなふうに着物を着ていたのでしょうか。
着物が「普段着」だったころ
江戸時代から明治にかけて、着物は人々の生活に身近な衣服でした。今の私たちのように、
「今日は着物を着て出かけよう」
と特別に準備するのではなく、着物を着たまま家事をしたり、仕事をしたり、近所へ出かけたりする。
着物は、毎日の生活をともにする「普段着」だったのです。そのため、当時の着姿を見てみると、現代のように全身をきっちりと整えた着方ばかりではありません。衿元や裾、帯の位置などにも、その人の暮らしや動きに合わせた工夫が見られます。
「きれいに着る」だけが目的ではなかった。
現代の着付けでは、左右の衿を整え、衣紋を美しく抜き、おはしょりをすっきりと整えるなど、全体のバランスを大切にします。
一方、着物が生活着だったころは、もちろん美しく着ることも大切でしたが、それだけが目的ではありません。
動くこと、働くこと、家で過ごすこと。
そうした日常生活の中で着るものだからこそ、着物はその暮らしに合わせて着られていました。たとえば、家の中で動きやすいように裾を扱ったり、袖を邪魔にならないようにしたり。今の私たちが「着付け」と聞いて思い浮かべるものとは違い、“暮らしの中で自然に身についた「着物の扱い方」”があったのです。
昔の着姿を見てみると……
ここで、昔の女性の着姿を見てみましょう。


現代の着姿と比べると、
「衿の合わせ方が違う?」
「帯の位置も違って見える」
「おはしょりが今とは違う?」
そんな発見があるかもしれません。
実際、近代の女性和装を調べた研究でも、時代とともに女性の和装のシルエットや寸法、着姿が変化してきたことが示されています。つまり、「昔から着物はこの形、この着方」と決まっていたわけではありません。
着物の着方は、その時代の美意識だけでなく、人々の暮らしや社会の変化とも深く関わっていたのです。
暮らしが変わると、着物も変わる

高畠華宵「ニューファッション」大正末~昭和初期
明治時代になると、日本の暮らしには西洋の文化が少しずつ入ってきます。そのひとつが、洋装の広がりです。
明治期には宮廷などから洋装が取り入れられ、大正から昭和初期にかけて都市部にも広がっていきました。ただし、洋服が広がったからといって、すぐに着物がなくなったわけではありません。大正から昭和初期には、和装と洋装が同じ生活の中に存在していました。
この頃には着物そのものにも流行が生まれ、時代の美意識を反映した大胆な柄や新しい色使いなども登場します。着物は、昔ながらの形をそのまま守り続けたのではなく、人々の暮らしやおしゃれとともに変化していたのです。
昭和――着物を着る「場面」が変わっていく
戦後になると、洋裁や既製服の普及、生活様式の変化などによって、洋服が日常着として定着していきます。それまで生活の中にあった着物は、少しずつ日常着の座を洋服に譲り、冠婚葬祭などの特別な機会に着るものという性格が強くなっていきました。

すると、着物を着るときには、「その場にふさわしく、美しく装う」
ことが、より重視されるようになります。衿元や衣紋、おはしょり、帯の位置などを整え、全体のバランスを美しく見せる。私たちが現在、着付け教室で習っている「きれいな着姿」も、こうした時代の変化の中で形づくられてきたものなのです。
そして現代。着物は「自分の楽しみ」へ
現代では、毎日着物で生活する人はほとんどいなくなりました。
その一方で、着物を楽しむ場面はさまざまです。お祝いの日、お茶会、観劇、美術館、友人との食事、季節の街歩き――。
「今日は着物を着て出かけたい」
そんな気持ちから着物を選ぶことも、今の着物の楽しみ方のひとつです。
昔の人がその時代の暮らしに合わせて着物を着ていたように、私たちも今の暮らしに合わせて着物を楽しんでいい。そう考えると、着物は「昔のもの」ではありません。
時代とともに人々の暮らしに寄り添いながら変化し、今も私たちの生活の中で新しい楽しみ方が生まれている衣服なのです。
着物の着方は、時代とともに変わってきた
ここまで見てきたように、着物には「昔から変わらない一つの着方」があったわけではありません。
着物が普段着だった時代には、暮らしに合わせた着方がありました。
そして、洋装が広がり、生活様式が変わると、着物を着る場面も変化しました。着物が日常着から特別な装いへと役割を変える中で、美しい着姿をつくるための着付けも発達していったのです。
だから、今私たちが教わっている着付けも、「昔からずっとこうだった」と考える必要はありません。それは、今の私たちが今の暮らしの中で着物を楽しむために、受け継がれ、工夫されてきた着方なのです。
そして現代の着付けには、昔とは違うさまざまな道具や工夫も取り入れられています。そのひとつが、「補整」です。
次回は、現代の着付けに欠かせない「補整」の話
「和装ブラって、本当に必要?」
「腰パッドはなくても着られるのでは?」
着付けを始めたばかりなら、そう思う方もいるかもしれません。でも、補整には、現代の私たちが着物を美しく、心地よく着るための役割があります。
次回は、「いま、着物を楽しむために補整をおすすめしたい3つの理由」
一見すると少し面倒に思える「補整」が、なぜ着姿を変え、着物を楽しむことにつながるのか。次回は、その理由を見ていきましょう。
執筆:日本和装オンライン運営